【社労士監修】精神障害による労災とは?労働環境と精神健康の関係性や手続きポイントについて解説

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働き方改革
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【社労士監修】精神障害による労災とは?労働環境と精神健康の関係性や手続きポイントについて解説

目次

労災(労働災害)とは、労働者が仕事や通勤中に負った怪我や病気を指し、こうした労災に対して、労働者やその家族を保護するために労災保険という制度があります。

職場におけるストレスや過度な労働が原因で発症した精神疾患は、労災として認定される可能性があります。

近年、メンタルヘルス不調による労災申請が増加傾向にあり、企業の労務管理にも大きな影響を与えています。

本記事では、精神障害による労災の定義や認定基準、労災申請手続きのポイントなどを解説します。

精神障害による労災とは

精神障害による労災とは、仕事が原因で精神疾患を発症し、それが労働災害として認定されることです。

精神障害の発病の原因は、仕事によるものと私生活によるものがあり、このうち精神障害の発病で労災認定されるのは、仕事による強いストレスが原因と判断できる場合に限られます。

ただし、仕事によるストレスが強くても、同時に私生活でのストレスが強い場合や、重度のアルコール依存などストレスへの反応性を高める顕著な個人要因がある場合には、精神障害の発病の主な原因の特定が難しくなります。

労災認定の際は、仕事によるストレスの程度、私生活でのストレスの有無、個人のストレス耐性などを総合的に評価し、仕事との因果関係によって労働基準監督署が判断します。[注1]

精神障害の労災認定の基準

精神障害の労災認定は、労働基準監督署の判断によって決定されます。

具体的には、以下の3つの要件をもとに労災と認定するかの判断がなされます。​​[注1]

  1. 労災認定の対象となる精神障害を発病していること
  2. 発病前約6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の要因により発病したと認められないこと

それぞれの要件を詳しく解説します。

要件(1):労災認定の対象となる精神障害を発病していること

労災認定の対象となる精神障害とは、「ICD-10(国際疾病分類第10回修正版)第5章 精神及び行動の障害」に記載されている精神障害です。[注2]

具体的には以下のように分類されています。

  • 症状性を含む器質性精神障害
  • 精神作用物質使用による精神及び行動の障害
  • 統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害
  • 気分[感情]障害
  • 神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害
  • 生理的障害及び身体的要因に関連した行動症候群
  • 成人の人格及び行動の障害
  • 知的障害<精神遅滞>
  • 心理的発達の障害
  • 小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害、詳細不明の精神障害

※認知症・頭部外傷などによる障害やアルコールや薬物による障害は除く。

なお、業務に関連して発病する可能性のある精神障害の代表的なものは、うつ病(気分障害、感情障害ともいう)や急性ストレス反応(神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害)などです。

要件(2):発病前約6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること

精神障害の労災認定は、業務による心理的負荷の評価に基づいておこなわれています。

主に発症前の6か月の間に強度の心理的負荷があったかどうかが判断され、業務上の出来事や内容によって「強・中・弱」三段階で評価されます。[注1]

たとえば、深刻な業務上の傷病や、業務量が急激に増加して残業時間が大幅に伸びたなどの状況は、強い心理的負荷として評価されます。

ただし、ハラスメントやいじめなど繰り返される出来事については、一連の出来事を一体として評価します。

そのため、ハラスメントが発病の6か月以前から始まっていた場合は、その開始時点からの心理的負荷を評価します。

要件(3):業務以外の要因により発病したと認められないこと

精神障害が労災認定されるためには、業務外での心理的負荷や個人的要因で発病していないことが条件です。[注1]

業務外の心理的負荷の例としては以下の要因が挙げられます。

  • 配偶者と離婚
  • 親族の死亡
  • 交通事故
  • 経済的困窮

また、個人的要因としては以下の要因が挙げられます。

  • アルコールや薬物依存
  • 過去の精神疾患の既往歴
  • 発達障害の有無

これらの業務外のストレス要因や個人的要因が強い場合は、仕事が原因による発病と判断することが難しくなる可能性があります。

精神障害が労災認定された事例

精神障害が労災として認定されるには、強いストレスによるものと判断できる場合に限ります。

実際に精神障害が労災認定された事例を紹介します。

うつ病を発病したとして認定された例

総合衣料販売店に営業職として勤務していた従業員がうつ病と診断され、労災認定された事例です。

その従業員は、異動と同時に係長に昇格しましたが、新部署の上司から日常的に厳しい叱責を受け、書類を投げつけられるなどの行為も頻繁にありました。

昇格から数か月後、抑うつ気分や睡眠障害などの症状が現れ、精神科受診の結果「うつ病」と診断されました。

労働基準監督署は以下の点を考慮し、労災と認定しました。

  1. 「うつ病」は対象疾病に該当する。
  2. 上司の言動には人格や人間性を否定するような要素が含まれており、心理的負荷評価表の「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」に該当する。総合評価は「強」と判断された。
  3. 業務外の心理的負荷や個人的要因に顕著なものは認められなかった。

これらの要因を総合的に評価し、業務と疾病との因果関係が認められたため、労災認定されました。

適応障害を発病したとして認定された例

本事例は、デジタル通信関連会社の設計技師が新規事業の担当となり、適応障害を発症し労災認定されたケースです。

当該従業員は入社3年目にプロジェクトリーダーに昇格しました。

新規プロジェクトには同社にとって初めての技術が多く含まれ、従業員の月間時間外労働時間は90〜120時間に及びました。

プロジェクト開始から数か月後、抑うつ気分や食欲低下などの症状が現れ、心療内科受診の結果「適応障害」と診断されました。

労働基準監督署は以下の点を考慮し、労災と認定しました。

  1. 「適応障害」は対象疾病に該当する。
  2. 心理的負荷評価表の「新規事業等の担当になり当該業務に当たった」は評価「中」に該当する。加えて、恒常的な長時間労働が認められるため、総合評価は「強」と判断された。
  3. 発病直前に妻が交通事故で軽傷を負う出来事があったが、その他の業務外の心理的負荷や個人的要因に顕著なものは認められなかった。

これらの要因を総合的に評価し、業務と疾病との因果関係が認められたため、労災認定されました。

労災補償申請の手続き

労災保険の手続きは、従業員が通院している医療機関が労災病院または労災指定医療機関か、それ以外かで手続きが異なります。

一般的な労災指定医療機関における申請時の流れを解説します。

必要書類の準備

労災申請の手順は、療養補償給付のための申請から始まります。

労災保険給付関係の主要な様式には「第5号」「第8号」「第10号」などをはじめとしていくつもの種類があり、申請や請求の内容によって使用できる様式が異なります。

精神障害は業務中の労災に該当するため、様式は第5号を使用します。

次に、休業補償給付の申請です。こちらは様式第8号を使用し、療養補償給付と同様の記載が必要となります。

また、精神障害の治療を継続しても症状が改善せず、被災労働者に後遺障害が残った場合は、その障害の程度に応じて労災保険から障害補償給付が支給されます。

この申請には様式第10号を使用します。[注3]

なお、精神障害の労災申請の際には、原則として申請者である労働者本人の記載が求められます。

記載内容は、個人的な感情ではなく、労災認定基準に沿った客観的な事実を記述することが重要です。

また、必要に応じて証拠資料を添付するケースもあります。

申請書の提出

労災の申請書類の提出先は、基本的に労働基準監督署長です。

労働基準監督署の窓口に直接持参するか、郵送で提出します。

ただし、労災病院や労災指定病院での治療に関する療養補償給付の請求書や、受診する病院の変更届については直接病院宛てに提出する必要があります。

申請内容によって提出先が変わるため、注意しましょう。[注3]

審査と結果の通知

書類の提出後は、労働基準監督署で調査をおこないます。

精神障害の場合、結果の通知には半年以上かかる場合もあります。

以前は、心理的負荷の強度が「強」かどうか不明な事案については、専門医3名の合議による意見収集が必須とされていましたが、2023年9月1日の法改正により、特に困難な案件を除き、専門医1名の意見で決定できるようになりました。

これにより、自殺事案や心理的負荷の強度が「強」かどうか不明な事案においても、原則として専門医1名の意見で判断が可能となり、審査の迅速化がはかられています。

支給決定通知

労働基準監督署の調査が完了すると、労災支給(不支給)決定の通知書が送られてきます。

もし労働基準監督署の不支給決定に納得できない場合は、都道府県の労働局に置かれた労働者災害補償保険審査官に対して、審査請求(不服申立て手続き)をおこなえます。

審査請求は、不支給の決定を知った日の翌日から3か月以内におこなう必要があります。[注4]

給付される補償の種類

労災保険にはさまざまな種類の保障が用意されていますが、精神障害に関係する主な給付は以下の3つです。[注3]

  • 療養補償給付
  • 休業補償給付
  • 障害補償給付

それぞれの給付の特徴や違いを解説します。

療養補償給付

療養補償給付は、従業員が業務上の事由による災害で負傷したり、疾病にかかったりした場合に、その療養費用を補償する制度です。

対象となる費用には、うつ病などの精神疾患の治療費や薬代も含まれ、基本的にかかった費用の全額が労災保険から支払われます。

療養補償給付は、症状が完治するか治療を継続しても改善が見込めない状態(症状固定)に至るまで継続されます。

休業補償給付

休業補償給付は、従業員が業務上の理由で負傷または疾病により就労不能となり、賃金を得られない場合に支給される制度です。

休業4日目から適用され、1日につき給付基礎日額の60%が支給されます。

さらに、休業特別支給金として給付基礎日額の20%が追加支給され、結果として、労働者は休業前の賃金の80%相当額を受け取ることができます。

休業補償給付を受けるには、所定の用紙に必要事項を記入し、医師による証明を得たうえで労働基準監督署に提出します。

障害補償給付

障害補償給付は、業務上の事由による傷病または疾病により、一定の障害が残った場合(症状固定した場合)に支給される給付です。

給付額は障害の程度に応じて決定され、障害等級は第1級(最重度)から第14級(最軽度)まで設定されています。

給付方法は障害の程度により異なり、第1級から第7級までは年金、第8級から第14級までは一時金で支給されます。

2023年の労災法改正について

2023年9月に、精神障害に関する労災認定基準を定めた「心理的負荷による精神障害の認定基準」が改正されました。[注5]

主な改正内容は以下の3つです。

  • 業務による心理的負荷評価表の見直し
  • 精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
  • 医学意見の収集方法を効率化

それぞれの改正点を詳しく解説します。

業務による心理的負荷評価表の見直し

心理的負荷評価表は、精神障害の業務起因性を判断するために用いられる評価表です。

2023年9月の改正では、心理的負荷評価表に「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた(カスタマーハラスメント)」と、「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」が追加されました。

また、パワーハラスメントの6類型など心理的負荷の強度が「強」「中」「弱」となる具体例が拡充されています。

この改正で、ハラスメントに対する心理的負荷が具体的になり、労災認定における重点事項の1つとなりました。

>ハラスメントに関する記事はこちら

精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し

症状の悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事(特に強い心理的負荷となる出来事)」がない場合でも、強い心理的負荷により悪化した場合は、悪化した部分について業務起因性が認められるようになりました。

「特別な出来事」とは、1か月間に160時間を超えるような時間外労働をおこなった場合や、本人の意思を抑圧しておこなわれたわいせつ行為を受けた場合などが挙げられます。

今回の改正では、「特別な出来事」がなくても、強い心理的負荷により悪化によって引き起こされた精神障害も労災認定の対象とされました。

医学意見の収集方法を効率化

改正前は、専門医3名の協議により労災認定を決定していましたが、今回の改正により特に困難な事案を除いて1名の意見で決定できるように変更されました。

これにより、特別な事案を除いては、迅速に給付の支給決定ができるようになりました。

企業が取り組むべきメンタルヘルス対策

企業は精神障害に関わる労災を防止するためにも、メンタルヘルス対策は必ず講じなければなりません。

ここでは、職場のメンタルヘルス対策のポイントと具体的な実例を紹介します。

労災を予防する職場環境の整備

メンタルヘルス不調が起こる背景には、職場における人間関係やハラスメント、過度な長時間労働など、さまざまな要因があります。

メンタルヘルス対策を効果的に進めるためには、こうした職場環境における課題を把握し、改善をはかることが大切です。

しかし、単に労働時間が長いことを理由として、ストレス度が高い・低いと決めつけることは望ましくありません。

適切な労働時間の管理や休憩時間の確保だけではなく、上司や顧客からの暴言・暴力などのハラスメントを防ぐ取り組みなど、精神障害を予防するための対策も重要です。

まずは、自社の業種や職種の特性に応じて、どのような対策ができるか検討し、メンタルヘルス対策を実施していきましょう。

職場環境改善の実例

職場環境改善の実例として代表的なものは、「長時間労働の是正」と「ハラスメント対策」です。

長時間労働の是正では、主に勤怠管理システムによる労働時間の把握と勤務間インターバル制度の導入による睡眠時間の確保が挙げられます。

勤怠管理システムの導入により、リアルタイムに労働時間を把握できるため、月の途中で労働時間を指導することも可能です。

また、勤務間インターバル制度は、1日の勤務終了後から翌日の出社までの間に一定時間以上の休息時間を設ける制度です。

これにより、ワーク・ライフ・バランスを保ちながら働きやすくなります。

ハラスメント対策では、全従業員を対象としたハラスメント研修の実施や産業医・保健師を配置した相談窓口の設置などが挙げられます。

ハラスメント研修は管理職だけではなく、全従業員が受講できるようにすることで、企業全体のハラスメント意識の向上がはかられます。

>ハラスメント相談窓口に関する記事はこちら

>ハラスメント研修に関する記事はこちら

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[注1]出典:厚生労働省「精神障害の労災認定」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120215-01.pdf
[注2]出典:厚生労働省「ICD-10(国際疾病分類第10回修正版)第5章 精神及び行動の障害」
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000011ncr-att/2r98520000011nq2.pdf
[注3]出典:厚生労働省「労災保険給付の概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001332996.pdf
[注4]出典:福島労働局「労災保険給付決定に不服がある場合」
https://jsite.mhlw.go.jp/fukushima-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/rousai_hoken/hourei_seido/fufuku.html
[注5]出典:厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34888.html

※本記事は、2024年9月時点の情報をもとに作成しています。


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Chatworkのお役立ちコラム編集部です。 ワークスタイルの変化にともなう、働き方の変化や組織のあり方をはじめ、ビジネスコミュニケーションの方法や業務効率化の手段について発信していきます。


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記事監修者:北 光太郎(きた こうたろう)

きた社労士事務所 代表。大学卒業後、エンジニアとして携帯アプリケーション開発に従事。その後、社会保険労務士として不動産業界や大手飲料メーカーなどで労務を担当。労務部門のリーダーとしてチームマネジメントやシステム導入、業務改善など様々な取り組みをおこなう。2021年に社会保険労務士として独立。労務コンサルのほか、Webメディアの記事執筆・監修を中心に人事労務に関する情報提供に注力。法人向けメディアの記事執筆・監修のほか、一般向けのブログメディアで労働法や社会保険の情報を提供している。

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